
季節が巡るように、ヤマイチ支配領の統治者たちは、
東セティムラの大地と島々を治める任を順に受け継いでいく。
堅実な気質を持つヤマイチは、海軍力を頼みとして戦乱から距離を置き、
そのためネヴァーウォーへの参戦も最後発となった。
他の大国は、この慎重さを優柔不断さと見誤った。
だが彼らの予想に反し、支配領は鋼鉄の意志と揺るぎない献身をもって戦いへ身を投じた。
そして彼らの兵器に施された精緻な装甲が、
卓越した防御力をもたらしていることが明らかとなり、
ヤマイチ軍はあらゆる猛攻を前にしてなお、断固として立ち続けたのである。

季節が巡るように、ヤマイチ支配領の統治者たちは、
東セティムラの大地と島々を治める任を順に受け継いでいく。
堅実な気質を持つヤマイチは、海軍力を頼みとして戦乱から距離を置き、
そのためネヴァーウォーへの参戦も最後発となった。
他の大国は、この慎重さを優柔不断さと見誤った。
だが彼らの予想に反し、支配領は鋼鉄の意志と揺るぎない献身をもって戦いへ身を投じた。
そして彼らの兵器に施された精緻な装甲が、
卓越した防御力をもたらしていることが明らかとなり、
ヤマイチ軍はあらゆる猛攻を前にしてなお、断固として立ち続けたのである。

季節が巡るように、
ヤマイチ支配領の統治者たちは、
東セティムラの大地と島々を治める
任を順に受け継いでいく。
堅実な気質を持つヤマイチは、
海軍力を頼みとして戦乱から距離を置き、
そのため
ネヴァーウォーへの参戦も最後発となった。
他の大国は、この慎重さを
優柔不断さと見誤った。
だが彼らの予想に反し、支配領は鋼鉄の意志と
揺るぎない献身をもって戦いへ身を投じた。
そして彼らの兵器に施された精緻な装甲が、
卓越した防御力をもたらしていることが
明らかとなり、ヤマイチ軍はあらゆる猛攻を
前にしてなお、
断固として立ち続けたのである。

鉱業都市 赤川
AKAGAWA CITY
赤川市は、古くから陶業を中心に発展してきた商工都市である。
だが、現在見られるような、異様なまでに立体的な都市景観を形づくるようになったのは、比較的新しい時代に入ってからだった。山と川に挟まれた地形は、もともと街が平面的に広がることを許さなかった。そこに戦前暦62年、当時の支配領統治者ヤスヒロ・ヨルガワによって、川とその周辺での建築を禁ずる法が布かれる。これは、急速な都市開発によって粘土の採取地が失われ、あるいは汚染されることを恐れた陶工や商人たちの進言によるものだった。
この法は、街の成長そのものを止めることはできなかった。
だが、その成長の向かう先だけは大きく変えた。赤川は外へ広がることを禁じられ、その代わりに、上へ、さらに上へと伸びていったのである。
山の斜面に張りつくように築かれた建物。空へ突き刺さるようにそびえる塔。生産施設の狭間に押し込められるように折り重なる居住区と商業区。そうして赤川市は、無数の階層が積み重なった、他に類を見ない垂直都市へと姿を変えていった。荷車も、自動車も、飛行船ですら自由には使えないその街で、人と資材の流れを支えているのが、名高いアカガワ・スカイレールである。狭軌の線路が街の各層を縫うように走り、小型の動力車両が労働者や物資を絶え間なく運んでいく。その特異な交通網は、現代においても世界各地の都市交通研究の題材となっている。
やがて戦火が時代を覆うとき、赤川はもはや単なる陶器の街ではなくなっていた。
カイゼリアの征服時代にも幾度となく侵攻を受けながら、この街は持ちこたえてきた。そして戦時暦15年、再び緊張が高まる中、赤川はヤマイチ摂政に常駐軍の派遣を願い出る。その代償として差し出されたのは、街の工業生産の一部だった。当初は一時しのぎにすぎないはずだったその取り決めも、敵対の激化とともに大きく姿を変えていく。軍は増強され、工場は拡張され、生産は次第に戦争のためのものへと組み替えられていった。
やがて開戦からわずか一年で、リクアン県は支配領でもっとも重要な工業地帯と見なされるようになる。
赤川の職人たちは、かつて器に注いでいた精密さを、今度は戦争のための素材へと注ぎ込んだ。そうして生み出されたセラミック複合装甲板は、やがて戦局を左右するほどの価値を持つに至る。人々はそれを、昔ながらの呼び名のまま「冬の装甲」と呼び続けた。
たとえそれが、もはや冬だけに作られるものではなく、いつしか一年を通して街じゅうの工場で生み出される、戦争を支える重要な装甲材へと変わっていたのである。

鉱業都市 赤川
AKAGAWA CITY
赤川市は、古くから陶業を中心に発展してきた商工都市である。
だが、現在見られるような、異様なまでに立体的な都市景観を形づくるようになったのは、比較的新しい時代に入ってからだった。山と川に挟まれた地形は、もともと街が平面的に広がることを許さなかった。そこに戦前暦62年、当時の支配領統治者ヤスヒロ・ヨルガワによって、川とその周辺での建築を禁ずる法が布かれる。これは、急速な都市開発によって粘土の採取地が失われ、あるいは汚染されることを恐れた陶工や商人たちの進言によるものだった。
この法は、街の成長そのものを止めることはできなかった。
だが、その成長の向かう先だけは大きく変えた。赤川は外へ広がることを禁じられ、その代わりに、上へ、さらに上へと伸びていったのである。
山の斜面に張りつくように築かれた建物。空へ突き刺さるようにそびえる塔。生産施設の狭間に押し込められるように折り重なる居住区と商業区。そうして赤川市は、無数の階層が積み重なった、他に類を見ない垂直都市へと姿を変えていった。荷車も、自動車も、飛行船ですら自由には使えないその街で、人と資材の流れを支えているのが、名高いアカガワ・スカイレールである。狭軌の線路が街の各層を縫うように走り、小型の動力車両が労働者や物資を絶え間なく運んでいく。その特異な交通網は、現代においても世界各地の都市交通研究の題材となっている。
やがて戦火が時代を覆うとき、赤川はもはや単なる陶器の街ではなくなっていた。
カイゼリアの征服時代にも幾度となく侵攻を受けながら、この街は持ちこたえてきた。そして戦時暦15年、再び緊張が高まる中、赤川はヤマイチ摂政に常駐軍の派遣を願い出る。その代償として差し出されたのは、街の工業生産の一部だった。当初は一時しのぎにすぎないはずだったその取り決めも、敵対の激化とともに大きく姿を変えていく。軍は増強され、工場は拡張され、生産は次第に戦争のためのものへと組み替えられていった。
やがて開戦からわずか一年で、リクアン県は支配領でもっとも重要な工業地帯と見なされるようになる。
赤川の職人たちは、かつて器に注いでいた精密さを、今度は戦争のための素材へと注ぎ込んだ。そうして生み出されたセラミック複合装甲板は、やがて戦局を左右するほどの価値を持つに至る。人々はそれを、昔ながらの呼び名のまま「冬の装甲」と呼び続けた。
たとえそれが、もはや冬だけに作られるものではなく、いつしか一年を通して街じゅうの工場で生み出される、戦争を支える重要な装甲材へと変わっていたのである。

鉱業都市 赤川
AKAGAWA CITY
赤川市は、古くから陶業を中心に発展してきた商工都市である。
だが、現在見られるような、異様なまでに立体的な都市景観を形づくるようになったのは、比較的新しい時代に入ってからだった。山と川に挟まれた地形は、もともと街が平面的に広がることを許さなかった。そこに戦前暦62年、当時の支配領統治者ヤスヒロ・ヨルガワによって、川とその周辺での建築を禁ずる法が布かれる。これは、急速な都市開発によって粘土の採取地が失われ、あるいは汚染されることを恐れた陶工や商人たちの進言によるものだった。
この法は、街の成長そのものを止めることはできなかった。
だが、その成長の向かう先だけは大きく変えた。赤川は外へ広がることを禁じられ、その代わりに、上へ、さらに上へと伸びていったのである。
山の斜面に張りつくように築かれた建物。空へ突き刺さるようにそびえる塔。生産施設の狭間に押し込められるように折り重なる居住区と商業区。そうして赤川市は、無数の階層が積み重なった、他に類を見ない垂直都市へと姿を変えていった。荷車も、自動車も、飛行船ですら自由には使えないその街で、人と資材の流れを支えているのが、名高いアカガワ・スカイレールである。狭軌の線路が街の各層を縫うように走り、小型の動力車両が労働者や物資を絶え間なく運んでいく。その特異な交通網は、現代においても世界各地の都市交通研究の題材となっている。
やがて戦火が時代を覆うとき、赤川はもはや単なる陶器の街ではなくなっていた。
カイゼリアの征服時代にも幾度となく侵攻を受けながら、この街は持ちこたえてきた。そして戦時暦15年、再び緊張が高まる中、赤川はヤマイチ摂政に常駐軍の派遣を願い出る。その代償として差し出されたのは、街の工業生産の一部だった。当初は一時しのぎにすぎないはずだったその取り決めも、敵対の激化とともに大きく姿を変えていく。軍は増強され、工場は拡張され、生産は次第に戦争のためのものへと組み替えられていった。
やがて開戦からわずか一年で、リクアン県は支配領でもっとも重要な工業地帯と見なされるようになる。
赤川の職人たちは、かつて器に注いでいた精密さを、今度は戦争のための素材へと注ぎ込んだ。そうして生み出されたセラミック複合装甲板は、やがて戦局を左右するほどの価値を持つに至る。人々はそれを、昔ながらの呼び名のまま「冬の装甲」と呼び続けた。
たとえそれが、もはや冬だけに作られるものではなく、いつしか一年を通して街じゅうの工場で生み出される、戦争を支える重要な装甲材へと変わっていたのである。
YAMAICHI CASTLE GUNS
ヤマイチ城防衛砲
ヤマイチの要塞や司令拠点の多くは、山深い場所や海沿いの離れた地域に築かれていた。
戦争が始まった当初、それらの要塞は十分な防衛火力を備えていたが、ネヴァーウォー後期、ジェットヘッドという新たな脅威の登場によって、その前提は大きく崩れることになる。
時代遅れとなった砲兵装備は、まるで一夜にして姿を消すかのように、新型のジャイロフラック兵器システムへと置き換えられていった。
ヤマイチ支配領は、後手に回っていた対空防衛を立て直すため、急ぎ大規模な改修を進めたのである。

ヤマイチ支配領の政都 ナラクラ

ヤマイチ支配領の政都 ナラクラ
YAMAICHI CASTLE GUNS
ヤマイチ城防衛砲
ヤマイチの要塞や司令拠点の多くは、山深い場所や海沿いの離れた地域に築かれていた。
戦争が始まった当初、それらの要塞は十分な防衛火力を備えていたが、ネヴァーウォー後期、ジェットヘッドという新たな脅威の登場によって、その前提は大きく崩れることになる。
時代遅れとなった砲兵装備は、まるで一夜にして姿を消すかのように、新型のジャイロフラック兵器システムへと置き換えられていった。
ヤマイチ支配領は、後手に回っていた対空防衛を立て直すため、急ぎ大規模な改修を進めたのである。

ヤマイチ支配領の政都 ナラクラ
YAMAICHI CASTLE GUNS
ヤマイチ城防衛砲
ヤマイチの要塞や司令拠点の多くは、山深い場所や海沿いの離れた地域に築かれていた。戦争が始まった当初、それらの要塞は十分な防衛火力を備えていたが、ネヴァーウォー後期、ジェットヘッドという新たな脅威の登場によって、その前提は大きく崩れることになる。時代遅れとなった砲兵装備は、まるで一夜にして姿を消すかのように、新型のジャイロフラック兵器システムへと置き換えられていった。
ヤマイチ支配領は、後手に回っていた対空防衛を立て直すため、急ぎ大規模な改修を進めたのである。



